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大阪高等裁判所 昭和49年(ラ)89号 決定 1974年7月20日

抗告人(仮処分申請人) 三明電気株式会社

右代表者代表取締役 西山芳之

右代理人弁護士 秋山英夫

相手方(仮処分被申請人) 株式会社ヘルスキング

右代表者代表取締役 松永剛

主文

原決定を取消す。

本件仮処分申請を却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨および理由

別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

抗告人は、株式会社キング医療機製作所を被申請人として、本件建物の明渡請求権保全のため仮処分を申請し、大阪地方裁判所堺支部(同庁昭和四八年(ヨ)第一五一号仮処分申請事件)において、同年六月二一日「本件建物に対する被申請人(株式会社キング医療機製作所)の占有を解いて、これを執行官に保管させる。執行官は被申請人の申請があった場合には被申請人が右物件の現状を変更しないことを条件として被申請人が使用しているままで保管することができる。右の各場合、執行官はその保管していることを公示するために、適当な方法をとらなければならない。被申請人は右物件の占有の移転、占有名義の変更をしてはならない。」という内容の仮処分命令がなされ、執行官は同月二二日右仮処分の執行をなし、本件建物を執行官の占有に移すとともに、公示札により仮処分の執行をなしたこと、ところが、相手方は、右仮処分執行後、キング医療機製作所より本件建物の占有を取得したこと、そこで、抗告人は、更に、相手方を被申請人として、同様に本件建物の明渡請求権保全のため、「本件建物についての被申請人の占有を解いて、申請人の委任する執行官にその保管を命ずる。執行官は申請人の申出があるときは、申請人をして仮に右建物を使用させることができる。執行官はこの命令の趣旨を公示するために適当な措置をとらなければならない。」という内容の明渡断行の仮処分を申請したところ、原裁判所は、前同様、執行官保管の仮処分を命じたことが、本件記録によって認められる。

ところで、占有移転禁止の仮処分に違反して仮処分債務者の占有を承継した第三者は、その占有承継をもって仮処分債権者に対抗することができないから、仮処分債権者は民事訴訟法二〇一条の準用により右第三者を仮処分債務者の承継人又は目的物の所持者として本案勝訴の確定判決に承継執行文の付与を得て、その占有排除の強制執行をなしうるものと解するのが相当である。したがって、この種仮処分において占有移転を禁止することによって図られる当事者の恒定も通常は、右にみたように仮処分債権者が本案勝訴の確定判決にもとづく本執行のさいにみたされれば足りるのであって、それまでは必ずしも仮処分債務者の占有のままに釘づけにしておくまでの必要性はないものといえるが、処分禁止仮処分の違反の場合とちがって、占有の移転がもともと事実行為であるため本執行を待つことなく第三者の仮処分債務者とする新たな第二の断行仮処分によって第三者の占有を事実上排除することを認める必要の生じる場合もないとはいえない。これを本件についてみると、相手方の本件建物についての占有は占有移転禁止の仮処分に反してなされたものであるから、これをもって抗告人に対抗することができないし、抗告人からキング医療機製作所に対して提起された本件建物の明渡請求訴訟におけるキング医療機製作所の承継人として、右訴訟の確定判決にもとづき退去の強制執行を受ける適格を有するものといえる。そして、本件の場合、相手方の占有が本件仮処分に違反したという以上に、直ちに本件建物の明渡断行仮処分によって、抗告人にこれが使用を許しその明渡を求めねばならないほどさし迫った緊急の必要があると認めるに足りる資料はみあたらない。したがって、右確定判決にもとづく強制執行以前において、抗告人の求める明渡断行の仮処分を許すまでの必要性はないものというほかはない。

右にみたように、占有移転禁止仮処分に違反して占有の移転が行われても、本案判決の執行の際に占有を承継した第三者の占有を排除できれば足りると解する限り、公示札が破毀その他の事由で不明確のため第三者に右執行力を認め難いといった特段の事情の認められない本件においては、第二の執行官保管の占有移転禁止仮処分の必要性はとぼしいというほかはない。しかも、裁判所は、仮処分債権者の申請の趣旨に反しない限り、申請された仮処分の具体的内容にとらわれずに、その目的を達するに必要な処分を定めることができるからといって、仮処分手続においても仮処分債権者の処分権を否定すべき理由はないから、反対の意思が表明されている以上、債権者の申請した仮処分の具体的内容と異なる仮処分を命じることはできないものと解すべきところ、本件の場合、抗告人において、明渡断行の仮処分以外に、原決定の命じた執行官保管の仮処分を求める意思のないことが記録上明らかであるから、仮処分申請どおりの仮処分を命じることができない本件においては、右申請を却下すべきである。したがって、執行官保管の仮処分を命じた原決定は失当である。

なお、原決定は、明渡断行の仮処分申請に対し執行官保管の現状維持の仮処分を命じたが、前記認定のとおり、抗告人としては、明渡断行の仮処分以外の内容の仮処分を求める意思のないことが明らかであり、右原決定により申請の全部を却下されたものと同視しうるから、当裁判所が抗告人の右仮処分申請を却下したからといって、抗告人に不利益に変更することにはならないと解する。

よって、本件抗告は理由があるから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 三井喜彦 福永政彦)

<以下省略>

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